デス・オーバチュア
第272話(エピローグ1)「勇者と魔王の伝説曲(レジェンド)」



それは一つの英雄譚(サーガ)のクライマックス。
光輝(ひかり)の勇者と影の魔王の死闘が終わりを告げようとしていた。

『……勇者よ、よくぞ我をここまで追い込んだ……』
魔王は人の姿形を……美しい女性の姿をしていた。
「…………」
勇者もまた光り輝く金色の髪をした年若い女性である。
『だが、例えその光輝の神剣を以てしても……人の身では我を滅ぼすことは叶わぬ……』
魔王は勇者の左手に握られた白銀の剣に視線を向けた。
この世を構成する十本の神剣の一つ、光輝の女神(ライトヴェスタ)。
数多の魔物を討ち滅ぼし、魔王自身にも深い手傷を与えた最強の剣だ。
『……汝の力全てを光輝に変えようと……それば微々たる輝き……深き影(我)を完全に消し去るなど夢のまた夢……』
魔族と人間ではエナジーの総量が、存在の大きさが違う。
例え『強さ』は互角でも、人間である勇者の方が先に『力』尽きるのは自明の理だ。
『それよりもどうだ、勇者よ、我と組まぬか? 人の身でありながら我と互角に戦った汝の強さは惜しい……』
「…………」
答えの代わりに勇者は右手を掲げる。
『……むっ!?』
掲げた右掌の上に、光り輝く黄金の『槍とも杖ともつかない奇妙な長物』が出現した。
『馬鹿な、それは光の魔皇の……』
「九蓮宝燈(チュウレンポウトウ)……」
奇妙な長物(九蓮宝燈)は凄まじい輝きを放ち、黄金の小さな太陽と化す。
『よさぬかっ! それを使えば汝の命は……』
「元より承知……」
『愚かなっ! 全てを捨てて伝説を得るのが勇者の本懐だとでもいうのかっ!?』
「伝説(死後の名誉)などいらない……」
光り輝く黄金の太陽が数倍の大きさに膨張した。
『では、世界や人々のために本気で我が身を犠牲にするというのかっ!? 我には汝が理解できぬ!』
「我が命とひきかえに、永久に消えよ、魔王ォォォッ!」
勇者が投げつけた黄金の太陽が、九つの光輝の槍に転じ魔王へと迫る。
『クッ……クックックッ、汝の勝ちだ、勇者! くれてやろう、人間共に千年の平和を……フッ、フハハハハハハハハハハハハッ……!』
九つの光輝の爆発の中に、魔王の姿は完全に消え去った。 


勇者の命を犠牲にした一撃を受けた瞬間解っていた。
これを喰らっても自分は完全には滅びないと。
おそらく千年ほど『封滅』されるだけだ。
勇者の強さと自己犠牲に敬意を払い、人間共には千年の平和(猶予)を与え、我自身は千年の無為(退屈)を我慢してやろう。
なあに、千年など我にとってはアッという間だ。
一眠りしていればすぐに過ぎるだろう。
だから今は静かに眠ろう、勇者(我を倒した者)の夢でも見ながら……。



「…………んっ……」
玉座のような椅子に座りながら眠っていたアンブレラがゆっくりと目を覚ました。
「んっ……随分と長いこと……一年近く眠っていたような気がする……」
アンブレラは己の両手をじっと見つめる。
「でも、そのお陰で全快したようね……」
暗黒炎による両手への過負荷、連戦によるエナジーの消耗、その他あらゆる損害が完全に回復していた。
「一年は大袈裟だ、まだ一ヶ月と経っていない」
開け放たれた扉の向こう側から一人の男が歩いてくる。
「デミウル……何しに来たの……?」
来訪者は、赤い外套の錬金術師デミウル・アイン・ハイオールドだった。
「何しには酷いな、君に頼まれていた物が完成したので納品に来たというのに……」
デミウルは懐から、厳重に封印の施された黒い小箱を取り出す。
「あら、それはお手数かけたわね……連絡くれればこちらから引き取りにいくつもりだったのに……」
アンブレラは玉座から立ち上がると、デミウルの前まで歩み寄り黒箱を受け取った。
「気にしなくていい、別に送料や手数料を要求するつもりはない」
「…………」
デミウルの軽口など無視して、アンブレラは黒箱の封印をあっさりと指の爪で引き裂く。
黒箱の中に入っていたのは、甲の部分に透明な欠片が埋め込まれた黒革の手袋だった。
「ん? 右手用一枚で良かったのに……二枚入っているのだけど……」
「左手用のはただの手袋だ。片手だけ手袋を填めているのはバランス悪く不自然だろう?」
「……まあいいわ」
アンブレラは少し不服そうな顔をしたまま、両手に手袋を填める。
「欠片に宿っていた邪魔な人格(不純物)は破棄しておいた、それは最早純粋な力の塊に過ぎない。君ならその力を自在に引き出せることだろう……」
「……さっそく試させてもらっていいかしら?」
「ああ、好きなだけ試すといい」
「じゃあ、遠慮なく……ハアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!」
絶叫のような掛け声を合図に、右手袋の欠片が七色に光り輝いた。
七色の輝きは無数の光の帯となって、アンブレラの右腕だけに絡み付いていく。
「アアアッ!」
やがて光帯は輝きを失い、アンブレラの右腕は肩から指先まで漆黒の包帯(拘束帯)に覆われていた。
「クウゥ……ハァ……ハァハァ……」
アンブレラは漆黒と化した右腕を左手でおさえながら、酷く苦しげな呼吸をしている。
「…………」
デミウルは観察するような眼差しをアンブレラに向けていた。
「魔皇……」
漆黒の右腕に、この世でもっとも冥い暗黒の炎が絡み付くようにして燃え狂う。
「暗黒炎!」
暗黒の炎は右手が突きだされると同時に解き放たれ、彼女の何倍もある巨大な暗黒の火球となってデミウルに直撃した。
火球は派手に爆発し、謁見の間を凄まじい暗黒の炎が埋め尽くす。
「…………」
アンブレラは漆黒の右腕をじっと見つめていた。
暗黒炎を行使したにもかかわらず、漆黒の右腕は炭化するどころか火傷一つ負っていない。
炎獄翔などの大技と違って、ただの暗黒炎(火球)ぐらいならかなり負荷が少なく済むように慣れてきていたとはいえ、ここまで無傷で済んだのは初めてだった。
「ほう、基本技だけなら、わざわざ魔剣を召喚せずとも使えるようになっていたのか」
感心したような男の声。
暗黒の火球に呑み込まれたはずのデミウルが、アンブレラの後方……玉座の後に立っていた。
「魔皇……暗黒……」
漆黒の右腕に再び暗黒の炎が燃え上がる。
「七罪炎(しちざいえん)!!!」
アンブレラが右手を突きだすと、掌から七つの巨大な暗黒の火球が放たれた。
片手で行ったことを除けば、極東においてセレナが放ったのとそっくりな技である。
暗黒火球は一発一発が島の一つを跡形もなく灼き尽くせるだけの破壊力を有していた。
だが、デミウルは火球の隙間をすり抜けるように駆け抜けて、アンブレラへと肉迫する。
「常軌を逸した破壊力ゆえか、速度(スピード)と制御(コントロール)がまだまだ甘い」
「つっ……」
アンブレラは今だ暗黒の炎を宿したままの右手でデミウルを殴りつけようとした。
黒炎の右フック(肘を曲げて脇から打つ拳)が走り、弧を描くように床が灼き剔られる。
しかし、拳自体はデミウルには当たっていなかった。
デミウルはすでにアンブレラのかなり後方、扉の近くまで移動している。
「では、私はこれで失礼しよう。他にも成さねばならぬことが溜まっているのでね」
「貴方……本当に人間……?」
「紛う方なき人間だよ……『神』の被造物……ただの『土塊』だ……」
赤い外套の錬金術師は、扉の向こう側(闇の中)へと消えていった。



「こんな所に一人で居ては危ないですよ、お嬢さん」
「…………」
物凄く不快な男だった。
一目見た瞬間、全身に鳥肌が立ち、吐き気を催す。
この美貌の青年は『勇者(天敵)』だ。
魔王である紫月久遠(アンブレラ)には本能的にそれが解る。
「……ええ、そうね。御忠告重く受け止めるわ、聖騎士さん」
久遠は一瞬の驚愕から素早く立ち直ると、勇者である青年にきわめて自然な応対をした。
二人の居る場所は機械都市パープルの辺境、かつてはパープルとブラックの境界線だった場所である。
しかし今ではそこはただの海辺で、久遠(くおん)の背後には果ての見えない広大な海が拡がっていた。
青年は白馬から降り、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「この辺には、天罰の際たまたま国を離れていて生き残ったブラックの残党共が住み着いています。貴方のように美しい方が一人で居たら、それこそ奴らの恰好の獲物……」
「天罰ね……貴方はアレをそう思っているの?」
彼の言う天罰とは、ブラックという国を地上から一瞬で消し去った巨大な黒い光のことだ。
「はい、悪の国(巣窟)だけを撃ち抜いた光、あれを天罰と言わずに何と言いましょう?」
「…………」
「悪には必ずいつか報いが、罰が下されるものなのです!」
青年は拳をグッと握り締めて力説する。
「そう……シンプルなのね、貴方は……」
久遠は目を伏せ、小さく息を吐いた。
流石は勇者様、ご立派な正義感である。
勇者と魔王という本能的な嫌悪、運命的な因縁を除いても、価値観や物の考え方など全てが自分とは相容れそうになかった。
「あ、失礼。申し遅れました、私はセイルロットと申します。御推察の通りホワイトの聖騎士です」
「……紫月久遠(しげつくおん)よ…」
勇者(セイルロット)の名乗りに対して、魔王(アンブレラ)は人間(仮)の姿の名で答える。
「紫月久遠……なんて美しい名だ……」
「…………」
あからさまなお世辞(セイルロットは本気で言っている)に、久遠は呆れたように小さく嘆息した。
「では、久遠さん。宜しければ安全な所まで私がお送りしましょう」
そう言って、セイルロットは手を差し出す。
「有り難う、気持ちだけ貰っておくわ……」
久遠はセイルロットの申し出を拒絶し、背中を向けた。
「……そういえば、最初お見かけした時も海を眺めていましたね……何か見えるのですか?」
「…………」
「あ、いえ、すみません。いきなり失礼でした……」
セイルロットは久遠の無言を、聞いてはいけないことを聞いてしまったと判断し、慌てて質問を取り消す。
「……何も……」
「えっ?」
「何もないわ……今はもう……」
「…………」
彼女が何を『視ていた』のか、セイルロットにはなんとなく解った気がした。
今は亡き暗黒の国ブラック。
「ねえ、聖騎士さん知っているかしら? ブラックの王城には、夜の間だけ現れる『影の塔』があったて噂話……」
「いえ、初めて聞きました……」
「頂上の見えないその高き塔の最上階には、千年の長きに渡って一匹の魔王が封印されていたのよ」
唐突に振り返った久遠の赤い瞳が妖しい輝きを放った。
「久遠さん?」
「ただの噂話……いいえ、御伽話(おとぎばなし)よ……」
先程の妖しい輝きが錯覚だったかのように、久遠の瞳は静かに冷たく澄み切っている。
「……久遠さん……」
「気が変わったわ……その辺まで送ってもらえる、聖騎士さん?」
魔王は作り物の笑顔を浮かべて勇者を誘惑した。



「あ、はい! 喜んで!」
なんて美しい人だろう。
ここまで綺麗な女性を見たのは初めてだった。
クールとかドライといった言葉がピッタリな大人の女性。
それでいて、どこか哀しげで、寂しげな瞳をしているのが気になった。
まるで、一切の希望を捨てたかのような、世を儚むかのような……。
「……何か?」
「あ、いえ……」
セイルロットは久遠の手をとったままボーッとしていた。
久遠のどこか危うく儚げな美しさに見蕩れていたのである。
彼女の危うさや儚さを心配しながらも、それこそが彼女の美しさを引き立たせている……そんな風に思ってしまう自分が嫌だった。
「どうぞ……」
「有り難う……」
セイルロットは久遠を優しく白馬の上に乗せると、自分も白馬に飛び乗る。
「……では、しっかりと捕まっていてください」
「ええ……」
彼女の細い両手が腰に回された瞬間、ゾクッとした。
「えっ……?」
ドキっとするならともかく、ゾクッと、ゾクリとするのはおかしい。
これではまるで恐怖、悪寒だ。
なぜそんなものを彼女に対して感じなければならない?
「どうかしたの、聖騎士さん……?」
「いえ、なんでもありません……ハイヤッ!」
セイルロットは自分の直感を否定するかのように、激しく白馬を走らせた。










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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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